2018年12月03日

元日本代表柔道家 杉本美香 〜東俊介のアスリート対談〜第二弾

今回は元ハンドボール日本代表の東俊介がインタビューする「東俊介のアスリート対談」第二弾をお送り致します。ゲストは元日本代表柔道家 杉本美香さんをお招きしお話を伺いました。杉本さんは2012年ロンドンオリンピック78kg超級 銀メダルを獲得し、現在はテレビ・イベント等に出演され柔道の普及活動に務められています。

インタビューでは現役時代のコンディショニングやトレーニング方法や杉本さんのセカンドキャリアについてお伺いしました!

 

ー本日はよろしくお願い致します!それでは早速、選手時代の体調管理やコンディショニングについて教えてください。柔道家ならではのコンディショニング方法はありましたか?ー

私は重量級だったので、体重に関しては増量を行いながら練習をし、試合前になるとベスト体重に落とす、ということの繰り返しを行っていました。練習をしながら体重を増やすことはすごく大変でしたね。また海外の選手との試合では同じ体重でも身長差で優位に立たれたりすることもあったので、体重を増やすだけではなく筋肉をつけ、スピードを磨く必要がありました。このあたりはかなり苦労しましたね。

ー柔道は体重を増やせばいいというものではないですからね。体重があってもスピードがなければならない、テクニックを持っていても体重が少ないと負けてしまう。そのバランスはどうやって身につけたのですか?ー

ひたすらトレーニングをしました。ただ体重と筋力を増やすのではなく、試合の最初から最後まで動いてスピード勝負ができる柔道をしたいと考えていたので、体力をつけることも意識していました。現在は試合時間が4分で延長戦は無制限になってしまったので、体力をつけることはより重要になったと思います。


ー試合時間が長くなるというのは他のスポーツと逆行してますねー
そうなんです。今は審判が指導を序盤に与え、試合展開を早めています。ですが、それではやっぱりつまらないと言う流れになっているので、世界中が今は一本を取る柔道をやり始めていますね。

 

ー柔道において日本は目標とされることが多いですよねー

そうですね、日本選手の技術が優れているということで、それらを学びに日本へ遠征にくる外国人がいっぱいいます。日本人は技術があるため、柔道着を先に持てれば投げる自信があります。一方外国人は日本人に持たれると投げられるという認識があるため、持たせないで指導狙いの戦略できます。

 

ーちなみに杉本さんはいつから柔道を始めましたか?ー

柔道を始めたのは小学校5年生の時で、小さいながらに「これだ!」というのを見つけたと思いました。ですが両親は初め柔道に反対していたので、一ヶ月くらいお願いし続けたのを覚えています(笑)。父親から「始めるからには途中で絶対やめないならいいよ」と言われ、最終的には許してもらえました。それまでは水泳や、体操、バスケ、ソフトボール等、色んなスポーツをやっていました。なので、小さい時から運動神経はよかったですね。

ーなるほど。ヨーロッパでは柔道をやっていても球技もできるなど、二刀流の人はたくさんいますが日本人は柔道なら柔道だけ、水泳なら水泳だけ、という人が多い印象です。杉本さんはそこが違うからすごいですね!ー

私は他のスポーツを行うことはすごく重要だと思います。他のスポーツから学べることは多いですからね。

 

ー学生の頃の成績はどうでしたか?ー

小学生の頃は、身体が大きいから勝てたというくらいでした。大きな試合になるともっと小さい頃から柔道をやっている人たちが出ていたので、負けることもありました。全国大会にも出れていないですね。それが悔しくてもっと強くなれる場所を求めて中3の2学期に転校しました。

 

ーその選択はあっていたと感じますか?ー

そうですね、そういう環境に身を置くことで、自分で考える、ということを覚えました。練習は1日1時間しかできず、トレーニングも1時間しかなかったのでそれを最大限有効に使えるよう考えました。また、帰ってからもトレーニングをしたり町道場に行ったりもしていましたね。柔道の事はその頃から大好きなので、選択はあってたんだと思います。

 

ーちなみに、杉本さんは元々身体は大きかったんですか?ー

4100gで生まれてきたので大きかったんです。大きく生まれたら小さく育つと言われていますが、私は大きいまま育ちましたね(笑)。中学、高校と超級でしたから、ずっと大きな人と戦ってきました。

 

ー最強を目指す闘いですもんね。食事とかは何か気をつけていましたか?ー

増量するための食事には苦労しました。一回の練習で3~4kg落ちるので、食べても食べても増量が追いつかないんですよ。でも、社会人になって本格的にオリンピックを目指すようになってからは3桁を超えられるようになりました。そこからは無理やり食べさせられるわけではなく、勝つために自主的に食べるようになりました。

それまではずっと無理やり食べさせられている感覚が強かったので辛かったです。当時は嫌々食べていたので喉に蓋がされているような感じで飲み込めませんでした。ほぼ炭水化物ばかりで、一人で1食3合食べていました。体重は毎日測るのですが、体重が落ちると周囲から色々と言われてしまいメンタルが下がることもあったので、それを避けるためにも毎日頑張って食べていました。

ー現役時代は海外遠征もあったかと思うのですが、必ず持って行っていたモノはありますか?ー

お米は持っていってましたね。大きい大会でなければ栄養士さんは帯同しないので、基本的には自炊していました。お米とかパスタとかをよく食べていましたね。

 

ー海外でもやっぱり米なんですね(笑)。話は変わりますが、引退されたからのセカンドキャリアについて教えてくださいー

柔道家のセカンドキャリアはあまり選択肢がないと思われがちです。なので「頑張って柔道を続けても先がないなら」といって柔道を諦める人も出てきます。私はそれをどうにか変えていきたいと常に思っていました。なので、現在は普及活動を通して「セカンドキャリアの選択肢はもっとあるよ」と広めていきたいと思っています。

 

ーなるほど。セカンドキャリアを築く上で大事なことは何だとお考えですか?ー

セカンドキャリアを築く上で、選手としてのプライドが邪魔する時があります。選手時代はちやほやしてもらえていたのに選手を引退することで、輝いていた舞台からがくんと落ちてしまう感覚を味わうことがあります。そのギャップに苦しむ人は多いと思います。なので、引退後でも引退前でも早めに次の目標を見つけることが大事だと思います。今の現役の子達にはそのことをしっかりと伝えていきたいと考えています。

 

ー杉本さん自身は、いつ頃からセカンドキャリアを考え始めたんですか?ー

「オリンピックまではオリンピックに集中しろ!」と言われてたので、セカンドキャリアを考え始めたのは、本当に引退した後でしたね。なので、今の選手には平行して考えることをお勧めします。

 

ー今現在の杉本さんの活動を教えて下さいー

引退した次の年から日本各地で柔道を教えています。柔道を普及していきたいのですが、柔道をやった事がない人にどうやって柔道を広めることができるかを常に考えています。

 

ー最後に今後の目標ややりたいことについて教えてくださいー

いずれ自分のチームを作りたいと思っています。少ない人数でもいいので、それぞれが目標を持って柔道に取り組み、人間形成もしっかり学べるチームを作りたいです。一人一人と密にコミュニケーションを取りながら向き合っていける指導者になりたいです。

私は、人は人に種を撒くために生きていると思っています。なので、私は今、私自身がこれまで経験してきたことを人に伝えながら種を撒いていきます。その撒いた種が花になることを願ってこれからも活動を続けていきたいと思います。

 

ー杉本さんのこれからを応援しています!ありがとうございましたー

 

インタビュイー:杉本 美香(すぎもと みか)

1984年8月27日生まれ、兵庫県伊丹市出身。

2010年 東京世界選手権78kg 超級・無差別級では金メダル、2012年 ロンドンオリンピック 78kg 超級では銀メダルを獲得。2012年に現役を引退。現在はテレビ・イベント等に出演され柔道の普及活動に務められている。

 

インタビュアー:東 俊介(あずま しゅんすけ)

1975年9月16日生まれ、石川県金沢市出身。元ハンドボール日本代表キャプテン

大崎電気にて9度の日本一。日本ハンドボールリーグ通算400得点。現役引退後、早稲田大学スポーツ科学学術院にてスポーツマネジメントを学び、修士論文は優秀論文賞を受賞。日本ハンドボールリーグ初代マーケティング部長。現在は琉球アスティーダスポーツクラブ株式会社にて取締役を務める他、数社のアドバイザーを務める。

2017年9月からAuB株式会社に社外顧問としてジョイン。