2018年12月07日

元プロサッカー選手 嵜本晋輔〜東俊介のアスリート対談〜第三弾

今回は元ハンドボール日本代表の東俊介がインタビューする「東俊介のアスリート対談」第三弾をお送り致します。ゲストは元プロサッカー選手で現在は株式会社SOUの代表取締役を務められている嵜本晋輔さんです。インタビューでは嵜本さんがプロサッカー選手から現在の経営者になられるまでの道のりや苦労についてお話を伺いました!

 

ー本日はよろしくお願い致します!それでは早速ですが、サッカーを始められたきっかけを教えていただけますか?ー

小学生の時に水泳教室や体操クラブに入っていましたが、どちらも長続きしませんでした。そんな時に、通っていた体操チームがサッカークラブを始めたと知り、母親にサッカーチームに入りたいとお願いして入らせてもらったのがきっかけです。小4からサッカーを始めたのですが、他のスポーツと比べ物にならないくらい楽しくてすぐにのめり込んでしまいました。サッカーをやっている時が一番楽しいとシンプルに感じていましたね。

 

ーサッカーは始められた時からご活躍されていたんですか?ー

小5の時から一つ上の学年の試合にはスタメンとして出ていました。上手い選手が多いチームだったのですが、小学校である程度組織化されたそのチームがそのまま全員同じ中学に上がっていたので、中学のときは全国中学校サッカー大会に出るほどの強いチームで戦うことができました。

 

ーすごいですね!高校はどちらでサッカーをされたんですか?ー

関西大学第一高校でサッカーをしていました。父に大学付属の高校を進められスポーツ推薦で入学しました。

 

ー嵜本さんのお父様は経営者でいらっしゃいますが、その頃から、お父様は嵜本さんの将来を見据えて高校を推薦されたのでしょうか?ー

そうですね、父親が息子の将来を考えたときにはやはりサッカーだけでなく、他の事も学んでほしいと思ったのだと思います。私自身プロに行くとは思ってなかったのですが、父は高校卒業後には大学に入ってほしかった様です。

 

ープロになられたきっかけは何だったのでしょうか?ー

私が高1の時の先輩に優秀な選手がいたのですが、スカウトの方がその選手を見にいらした時に、私も試合にスタメンで試合に出ていまして、私のプレイスタイルがたまたまスカウトの方の好みだったようで声をかけていただきました。そしてそのまま高校卒業後にガンバ大阪に入団しました。

 

ーお父様はプロになることに反対されましたか?ー

いいえ、プロになることには大賛成でしたね。とても熱心な父親でして、小・中・高と試合があれば全国どこでも応援しに来てくれました。趣味が仕事と家族のような父だったのですが、家族との旅行先でも仕事をしていました。そんな父を小さい頃から見ていてかっこいいなと思っていました。父の存在はとても大きいですね。

 

ーなるほど。実際にプロのサッカー選手になられてどうでしたか?ー

観るのとやるのではこれだけ違うのかと感じました。プロの試合を観ていたらやれそうだなと最初は思っていましたが、実際はレベルが全然違いました。例えば、紅白戦に出でいいプレイができたとしても、実力ではなくたまたまできたと感じてしまうぐらいスタメンの選手と自分の差を痛感しました。ですが、同世代で一番最初に自分が試合に出られていた、という意味では自信を感じられる瞬間もありました。

 

ープロになられて苦労されたことはありますか?ー

プロになってすぐ監督が変わったのですが、自分のプレイスタイルが戦略と合わず試合に出られなくなっていった時期は辛かったですね。チャンスが巡ってきたことも何度かあったのですが、力を発揮できず、自然な流れで戦力外通告を受けてしまいました。プロ3年目のときですね。

 

ープロの世界は残酷ですよね。ですが、日本のトップで3年間やられた経験は何にも代えがたいでしょうね。ー

そうですね、本当に幸せな3年間だったなと思っています。いい部分もみられましたし、仕事に対する意識のあり方も学べました。また自分に何が足りてなかったかを痛感する機会にもなりました。単純に一般の企業に勤めていたら得られない経験をすることができたと思っています。

 

ー嵜本さんはJ1で3年間やられた後JFLに1年間行かれてから引退されていますが、どのようなきっかけで辞められることを決意されたのでしょうか?ー

自分の将来を見据えた時に、今の様な状態で1年間サッカーを続けても自分がなりたかったJリーガーになれないと感じたので、潔くサッカーを手放して、違うフィールドで自分の可能性をかけてみる方がいいと判断しました。サッカーを辞めることが怖いという気持ちもありましたが、客観的に自分の感情を外して将来を考えて引退を決めました。家系が商売人だったからか、人よりも自分の商品価値を冷静に客観的に考えられたのかもしれないですね。

ーなるほどですね。嵜本さんのお話は再現性がないようで、私は再現性があると思っています。やはりプロアスリートもビジネスの観点を持っておいた方がよいと思うんですよね。ー

私もそう思います。自分が活躍できるかどうかというのは、プロであれば確実に判断できますし、今のレベル感で自分が結果を出せるかどうかは分かるはずだと思うんです。ですが、ほとんどの選手は10%、20%の低い可能性にかけて、「自分はやれる!」と思ってやっているのが現状です。殆どの選手にとってサッカーが人生の全てと言うわけではありません。サッカー選手の選手生命は30歳ぐらいで、そこからは第二の人生が始まります。なので、自分の得意不得意を一年でも早く見極めた上で第二の人生の意思決定をした方が将来的には得られるものは大きいと思いますね。

 

ーやはり自分を客観的に見ることや自分で気づくことが重要なんですね。ー

そうですね。ですが、アスリートには気づきの場が少なかったり、第二の人生について教えてくれる人が周りにあまりいないんですよね。それこそ経営者に会ったりお話する機会はめったにありません。そうなるとアスリートは「自分にはこれしかない」と思い込んでしまうんですよね。もしそこに自分を客観的に見る機会があれば、何か気づくきっかけを与えられればアスリートの第二の人生への考え方は変わってくると思います。人それぞれ価値観は異なりますし、何が正解とははっきりと言えませんが、私自身の選択としては、サッカーをあの時手放したことによって、今の自分がいるので、その意思決定は正しかったと言えるようになっています。

 

ーセカンドキャリアであまり上手くいっていないアスリートは個人事業主的な働き方をしている様なイメージがあるのですが、嵜本さんは経営者的な働き方をされているように感じます。「自分を経営する」という考え方をより多くのアスリートができたらいいのかなと嵜本さんの話を聞いていて思います。ー

そうですね、例えば会社であればどう考えても赤字の事業には投資しません。数年でちゃんと黒字にするような計画を立てた上で投資の判断をします。なので、サッカー選手も自分自身がマーケットに価値のあるものになっているかを判断する必要があると思います。また会社はお金を投資しますが、アスリートは時間を投資していることを自覚すべきです。その時間を無駄に浪費しないことが私は重要だと思います。

 

あとは、私はサッカーを続けるというプライドではなく、次やることを必ず成功させるというプライドを守ったからこそ、今こうしてここにいられるんだと思います。二度と戦力外通告のような思いをしないためにも誰よりも頑張ってきたと言えます。なので、私はサッカー人生を通して得られた一番の宝物は「戦力外通告」だと思っています。

 

ー嵜本さんも第二の人生をゼロから始められたと思いますが、何か苦労されたことはありますか?ー

サッカーを辞めて今の事業を始めた時に、私は苦労したと思ったことは正直一度もありません。むしろビジネスは面白いなと単純に思いました。なので、すっとのめり込んでいくことができました。サッカーを辞めてすぐは父親の経営していたリサイクルショップを手伝ったりしましたが、当時、自分の上司であった父と兄に認めてもらうために将来この業界がどうなるかを考えながら、何を自分はすべきか仮説検証を繰り返し、どんどん実行して行動に移していきました。その時の仮説の一つが、商売のオンライン化です。リアルで広告を出したり、物を売買する時代から、インターネットの普及に伴う、ウェブでの広告展開やECで販売する時代の到来です。ですが、当時社内にはITに精通している人がいなかったので、自分が発信できる人になれば自分の存在感が増すのではないかと思い、勉強しました。結果としてこれも、今の事業につながっています。

 

ーなるほど。嵜本さんは本当に客観的に物事を判断する力がすごい強いんですね。ちなみに元プロサッカー選手であるというのはビジネスを進めていく上で助けにはなりましたか?ー

やはりメディアに取り上げていただけるのは、異色のキャリアが背景にあると思っています。世の中ではセカンドキャリアが注目されていますし、自分を成功事例とまでは思っていませんが、面白さはあるかなと思っています。ですが、将来的には異色のキャリアという取り上げられ方ではなく、ビジネスマンとして取り上げられることが次の目標になっています。

ー他の経営者とはやはり違いますからね。後はファンの付き方が他の経営者とは違うと思うのですがいかがでしょうか?サッカー選手時代のファンがそのまま今の事業のファンになるということもあるのではないでしょうか?ー

気がつけば周りに支えていただける人が集まっていた、それに尽きると思います。私一人にやれることは限られているので、自分が持っていないモノを持っている人をいかに集めて、いかにチームとしてうまく機能させるかが大事だと思っています。

今私はサッカーで言うところの、監督という立場で組織を率いています。どこに誰を配置して、どういう布陣にすれば勝てるかを考えるのが自分の仕事で、適材適所、個々人の能力をみて判断しなければなりません。サッカーから学べたことなのかは分かりませんが、事業はサッカーと通ずることが多いなと今経営をしていて感じています。

 

ー経営者として何か社員に伝えられてることはありますか?ー

社員にはあれもこれもやろうとしないで、得意なことだけをとことん伸ばせと伝えています。平均点はいらないから何かに尖れと言っています。なので、弊社の言葉で「謙虚に尖んがれ。」というのがあります。謙虚であることも大事なのですが、何かに尖っているものがないとチームとしてはいけないなと思います。

 

ービジネスパーソンだけでなくアスリートもそうですが、自分が何のためにいるのか客観的にちゃんと見極めろ、ということですね。ー

そうですね、見極める力というのは本当に重要です。それも冷静に見極めることが大事です。

 

ー最後に嵜本さんの今後の目標を教えてくださいー

これからどうなるか分からないですが、もっと大きいことができそうなイメージはあります。私の「大きいことをしたい」という目標に共感して集まってきてくれる人も増えているので、そういう未来が描けています。ですが、当時サッカーを辞めた時に今の状態を描けていたかと言われれば描けていませんでしたし、まさか上場できるとも思っていませんでした。ちょっとずつ視座を高めていきながらここまで来ましたが、結局やると決めて行動している結果ここにいるので、やると言ったからには男として成し遂げたいですし、行動あるのみだと思います。なので、今後も自分が楽しいと思えることで共感者を集めて、世の中にインパクトを与えらるようなモノを作れたらいいなと思います。

 

ー嵜本さん、貴重なお話をありがとうございました!ー

 

インタビュイー:嵜本 晋輔(さきもと しんすけ)

1982年4月14日生まれ、大阪府出身。株式会社SOU代表取締役社長

関西大学第一高校卒業後、Jリーグ「ガンバ大阪」へ入団。2004年に戦力外通告を受け、JFL佐川急便SCに入団。引退後は父親が経営していたリサイクルショップにて経営のノウハウを学び、2007年にブランド買取専門店「なんぼや」をオープン。その後2011年には株式会社SOUを設立し代表取締役社長に就任する。

 

インタビュアー:東 俊介(あずま しゅんすけ)

1975年9月16日生まれ、石川県金沢市出身。元ハンドボール日本代表キャプテン

大崎電気にて9度の日本一。日本ハンドボールリーグ通算400得点。現役引退後、早稲田大学スポーツ科学学術院にてスポーツマネジメントを学び、修士論文は優秀論文賞を受賞。日本ハンドボールリーグ初代マーケティング部長。現在は琉球アスティーダスポーツクラブ株式会社にて取締役を務める他、数社のアドバイザーを務める。

2017年9月からAuB株式会社に社外顧問としてジョイン。